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宮崎県の宮崎市は社天国と呼びたくなるほどの神社があります。

宮崎市高岡町北西側

伊勢神社

宮崎県宮崎市の小さな神社たち/伊勢神社

宮崎市高岡町浦之名に所在する伊勢神社は、1308年創立という説がありますが それが正しいのかは誰にも分かりません。 ひょっとしたらもっと遡るのかもしれませんし、あるいはその逆かもしれませんが、 他に有力な説がないので1308年ということになっています。 1587年に戦火によっていろいろと燃えてしまいますが、1604年に社殿は 家久公によって再興されます。 その後も境内を拡大させて社殿を移転させたりと、徐々に勢力を拡大させて今の 姿に成長を遂げたとのことです。 一番近くの駅はJR南宮崎駅になりますがけっこう離れており、下車してから 歩くのはお年寄りにはハードルの高いルートとなるのでお勧めはできません。 無理はしないでタクシーを使うか、最初から自家用車でやってくるのがいいでしょう。 お車なら宮崎西インターチェンジから約20分なので、CDでも流しながらの ドライブだと思えばあっという間です。


熊野神社

宮崎市高岡町五町にある熊野神社は、大人はもちろん賢い小学生なら間違えずに 読むことができそうな、とっても親しみやすい名前をしています。 小学生男子ならクマやサメが大好きですし、強そうな名称のこの神社はお年寄り 以外の参拝者もそれなりにいそうな気がしますが、なにも男子に限ったことでは ないのかもしれません。 女子や童女だってハチミツの詰まっている壺を抱えるクマさんは可愛いと思って いるでしょうから、ほぼ全ての幼い子供は熊野神社に親しみを感じるでしょう。 9月の祭礼ではダンスをしてこの地域の平和と発展を祈りますが、あまり現代風 のダンスではないのでそれ目当てに青少年が押し寄せることはありません。 戦に由来のあるダンスなので、ヒゲダンスのようなものを想像しているとやや 肩透かしを食らうので気をつけましょう。 バラエティー番組ではなく戦国ドラマで目にすることのありそうな踊りですから、 年配者には好評のようです。


内山神社

内山神社は九州にある鹿児島の稲荷大明神の分霊を、1600年に天ヶ城の中腹 に勧請したことがスタートラインだとされています。 どうして勧請したのか、それは関ヶ原の合戦の帰り道に島津藩主が発案したから で、彼のアイデアなら誰も反対はできないから決定したのでしょう。 1689年には社が壊れてしまいますが、1694年には復活します。 その後も台風で壊れたりと大変な思いをしてきましたが、再び再建されて今の 場所で地域の住民を温かく見守ってくれています。 自動車でのアクセスは宮崎西インターチェンジからなら約15分なので、もしも 迷ったとしても30分あれば到着できる距離です。 電車だとJR南宮崎駅で下車となりますが、そこからタクシーだとで千円以上 になるのでひとりでいくのなら少しもったいないかもしれません。 4人組ならワリカンにすればひとりあたりの負担が少なくなるので、同行者を 募って参拝にいくのがいいでしょう。